日本語教育

 日本語教育のおもしろさは、どこにあるのか。私が感じていることを 少し述べよう。
 日本語では、受身がよく使われる。①動作の受け手について言いたい時・。②複文の主語を主文とそろえる。③動作主がはっきりしない時。④被害感を出したい時。⑤季節の到来を受け止める。などの場合である。    ④の場合だが、「私はズボンを泥で汚された。」と 人間主語で話す。韓国語・中国語・英語は ズボンを主語にする。私は、ポルトガルに行き、勉強してきた。ポルトガルでも、ズボンが主語であった。人間主語で述べるほうが特殊であったのだ。日本語は、自分の目を潜り抜けた、自分の感想・思いを載せた表現が いっぱいあるのだ。ある女性が墓場に来て「〇〇さん、又 来ちゃいました。」とつぶやく。「来ました。」と「来てしまいました。」とは、違うんだよ。と学生に話します。自動詞・他動詞を使い分け、自分の気持ちを示すのです。他動詞は、その後ろに 人間の存在を感じとった表現なのです。「~てある。」という表現は、それをなした人の存在に思い至った表現なのです。
 その他、日本語の特徴はいろいろあり、それを 改めて自覚することができるのは、日本語教師ゆえだ と思うのです。

写真は 揚州の花。ケイカ。日本名「八仙花」 唐招提寺にもある。 
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by yamayamakawaumi | 2005-01-10 17:05 | その他


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